湖の女たち 碁盤斬り 関心領域
「新境地」という言葉、好きです。年間100本以上新作映画を観ていると俳優さんたちの新しい次元の芝居を観た瞬間、とてもうれしくなります。今月取り上げたうちの2本。大森監督も白石監督も俳優の新たな顔を引き出すのがうまいのです。
湖の女たち
介護施設で老人が殺された…誰が?何のために?
湖に葬られた恐るべき記憶とは…?
観客が湖の底に引き込まれていくような魅力と魔力を持った作品だった。介護施設で起きた殺人事件、誰が?なぜ?というミステリーを成立させると同時に、人生に行き詰まった者たちの内面を掘り下げていく、この両面をとてもうまく成立させている。
若い刑事(福士蒼汰)に出会ってしまった満たされない介護士(松本まりか)は体当たり、かつ繊細な芝居で、支配される喜びから倒錯した性の世界にはまり込んでいく。それを直接的なベッドシーンではなく精神的な官能シーンで描いてゆく大森立嗣監督のセンス。ハリウッドではこうはならない。まるでフランス映画のような質感の深みなのだ。支配欲を噴出させる福士も新境地を見せ、容疑を疑われた介護士(財前直見)の強い存在感。そして、人生のトラウマを背負った“モンスター刑事”を演じた浅野忠信は、今年早くも助演男優賞級の演技となった。
Ⓒ2024 映画「湖の女たち」製作委員会
5月17日(金)全国公開
碁盤斬り
堅物なヒーローが囲碁を武器に死闘を繰り広げる
武士の誇りを賭けたリベンジ・エンタテイメント
草彅剛が今度は時代劇で魅せた。真面目な武士、囲碁の名手だったが不祥事で浪人の身に落ちた男。これが仕組まれた罠だったと知り復讐に燃える。娘(清原果耶)が危機に陥っても宿敵(斎藤工が悪を好演)しか目に入らない男なのだ。
白石和彌監督は「孤狼の血」のようなバイオレンスにせず、我慢に我慢を重ね、最後にその思いを爆発させた。まるで「たそがれ清兵衛」を観ているようなクオリティー。草彅は復讐の旅でどんどん汚れ汚くなっていくのだが、心は純化されて美しくなってゆく。「マクベス」の名台詞「きれいは汚い、汚いはきれい」とはこういうことだったのか。静かな表情の中に怒りを詰め込んだ草彅の姿は「こんなカッコいい自分をみたことがない」と自分でいわしめるほどである。
落語が原作だという本作。なるほど、おかしみのシーンも散見され、最終的なオチはさすが落語。
Ⓒ 2024「碁盤斬り」製作委員会
5月17日(金)全国公開
関心領域
アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた
豪邸に住む家族に何が起きていたのか?
恐怖。こんなに静かで恐ろしい映画があっただろうか?
「関心領域」とは世界大戦時、無数のユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ収容所の周辺地域の呼び名。この作品は収容所と壁一枚隔てた隣の豪邸に住む所長一家の生活【だけ】を描く。
ジョナサン・グレイザー監督は、収容所で行われていることを一切見せない。でも、世界中の観客はその光景を知っている。延々と描かれるのは美しい邸宅の庭と、家族の幸せな生活だ。所長は知っている。では家族は何も知らないのか? 「関心領域」とは「無関心領域」のことなのだ。これは過去の悲惨な歴史物か?否! 児童虐待も育児放棄も近所は薄々感じている。巻き込まれたくない、自分の家の幸せを荒らされたくないと無関心を装っているだけではないのか? 作品の矛先は隣人ではなく観客に向き、そしてあの衝撃のラストに席を立てなくなる。
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5月24日(金)より新宿ピカデリー TOHOシネマズ シャンテほか全国公開